企画編集・執筆/紙からWEBまで 言葉の工房オリジン コトバはソウゾウの限界を知らない。
     

在日外国人インタビュー集

     
 

Person 20(前半)

 

結婚して何も分からない日本に来て、
子育てを通じて、すこしずつ日本の社会に仲間入りした。
人とのつきあいは、ひとり対ひとり。
女どうしの近所づきあいを、
女どうしのハートでしてきたよ

 

日本に来たのは日本人と結婚したから。
わたしの親友を通じて知り合って、
友だちになりたいと言われて。
彼が日本に帰ってからも、文通をしていたの。
わたしは、結婚するなんて思ってもいなかった。
日本とフィリピンで離れているし。
彼から気もちを伝えられても、
なかなか答えられなかった。
日本や日本人については分からないことが多かったし、
怖いというか、不安でしょう。

でも彼は休暇が取れると会いに来てくれたりして。
彼の誠意を見ているうちに、
この人がいれば日本に行ってもだいじょうぶかな、
結婚して生きていけるかな、と思って決心したの。
父と彼が男どうしで気もちが通じていたのもあったし。
いま、主人と結婚してよかったと、ほんとに思っている。
日本に来て十五年、子どもにも恵まれたし。

日本に来て最初大変だったのは、コトバだったね。
主人が英語を話すから、
日本ではみんな英語ができると思っていたの。
来てみたらぜんぜん違っていて、びっくりした。
道の案内もお店屋さんのサインもみんな漢字で、
英語やローマ字の表示がなかったから何も分からなくて。
あれはもう、どうしようかなと、困った。

家にいても、マンションの回覧板が回ってくるんだけど、
わたしが英語で出ると、
「ノー、ノー、ノー、ノー、英語、ノー、英語ノー」って、

もう、会話どころか、コトバを交わすこともなかった。
だからわたしもドアのチェーンかけたまま顔を出すだけ。
何も言わないし、回覧板ももらわない。
向こうは黙ってドアのノブにぶら下げて帰るの。
気にはなるけど、何も分からないまま受けとるのも怖いし。
主人が帰ってきて、「回覧板があるよ」って持ってくる。

近所の人と付きあいをするようになったのは、
子どもが生まれたころ。

マンションにうちの子と同じ年の子がいて。
赤ちゃんを産んだばかりのお母さんどうし、
英語と日本語で話をするようになった。

まだそのころは日本語をあまり話せなかったけど、
コトバじゃなくて女どうしで
気もちと気もちが通じることがあるから。

日本語を覚えたのは主人のため。
主人が英語話せるから、困らなかったけど。
家でずっと英語を話しているのが、
ちょっと寂しそうだったの。
それで、わたしも日本語を話そうと思ったの。

近所の人とつき合うようになると、
いいこともあるぶん、しんどいこともできたね。

近所づきあいのしんどさ。
故郷や家族と離れた外国人のわたしのことを、
寂しいだろうと心配して、
いろいろしてくれる50代の女の人がいて。
世話好きのオバチャンっていう感じの。

オバチャンの気もちは嬉しかったけど、
わたしにはちょっと迷惑だった。
朝から晩まで家にいて、
わたしのプライバシーがぜんぜんなくなったの。
近所の、わたしと年齢の近い奥さんを集めて、
オバチャンの家でお昼ご飯を食べたりもした。
わたしの家に来るか、自分の家に呼ぶか。
わたしも自分の時間が欲しいし、
自分のしたいこともあるから困った。
それに、子どもの昼寝の妨げにもなったし。

なんとかしないといけないと思った。
でもその問題について主人には言わなかったの。
主人は静かな人で、そういうオバチャン嫌いだから、
はっきり言ってしまうから。
プライバシーがないのは困ります、とか。
そういう近所のことは、
女どうしでうまく解決する方がいいでしょう。

結婚して子どもを生んで日本で暮らしていくなら、
近所の奥さんとのつきあいも、
お母さんどうしのつきあいも、わたしがすること。
そこで困ったことができたら、それは
わたしがうまく解決していくことでしょう。

日本で暮らしていて、日本人との間で
イヤなことがなかったかと聞かれたら、それはあったよ。
でもそれは、その人との間で起こったこと。
日本人との間に起こったことじゃない。

生協に入っていたことがあって、
そこにイヤな奥さんがいて。
皮肉なわらい方して、ずっとわたしのこと見ているの。

子どものおむつをどうやって替えるのかなとか。
それで「かわいいね、抱かせて」と言ってきて
うちの子を抱いて、「軽いね」とかいうの。
うちの子はハイハイも早かったし、
風邪もひかないで元気だったのよ。
でも、そんな風にわらわれたり言われたりすると、
わたし子ども育てるのが下手なのかなって気になった。

けど、その人のことは気にしないことにしたの。
その問題は、その人のハートのことだと思ったから。

どうつきあえばいいかと見ていたら、
その人は他の日本人ともうまく付きあえてなかった。
ほかの日本人の人、やさしい人いっぱいいたし。

そういうやさしい人には何かしてあげたいから、
子どもに英語を教えてあげたの。
子どもの英会話教室の月謝の高いのを聞いて驚いたから。

 

フィリピン・40代前半・女性

後半へ続く

 
     

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