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在日外国人インタビュー集

     
 

Person 18

 

土の温もりのある音、ペルーの音楽。
それを通じて子どもたちと心の交流をしている。
外国人と心の通じた仲間体験をした子どもは、
目に見える違いにとらわれない友情を育てられる

 

日本に来て18年になります。
その間に結婚もしました。妻は日本人です。
サッカーを教えたり、音楽を教えたり。
子どもたちへのボランティアを通じて、
もういまでは、すっかり地元に溶けこんでいます。

私の生まれ育ったペルーのクスコは外国人の多い町で、
外国人から話しかけられることが多かった。
そうして話しかけられると、
町に住んでいる人も、外から来た人と話しやすくなる。

自分のその経験を思い出して、
日本に来てからは、
外国人である自分の方から声をかけるようにしました。
日本人と接触することを望むなら、
外国人は自分の方から声をかければいいのです。

日本に来てしばらくの間は、
ともかくも、できる限り日本人と接触したかったから、
日本人の欠点を見る余裕がなかった。
文化や習慣の違う場所に来て、
なかなか馴染めない外国人もいるでしょうが、
わたしにはそんな余裕もなかったです。

日本に来て3〜4年の間は、
日本人の心をつかまえるのがしんどかった。
何を考えているのか、日本人の心が分からなかった。

日本人は事柄についてあまり説明をしないし、
自らを語らないでしょう。
そういうことも理由の一つでした。

それをストレスに思う外国人もたしかにいます。
けどわたしは、そんな風に考えている場合ではなかった。
わたしには日本でやりたいことがありました。
それには、日本人、日本の社会に溶けこむことが大切で、
外から来た人間の方から接触するしかない。
しんどいながらも、ともかく日本人と接触することで、
日本人の心をつかまえられるようになりたかった。

この、しんどかった3、4年を過ぎたあたり。
日本人にすこし慣れた頃が、
わたしにとっては日本文化との摩擦の時期でした。

日本の中に自分の生活の場所をつくり、
すこし安定を感じられるようになった心の余裕が、
些細なことに目を向けさせたのでしょう。
人間、気になることイヤなことをあげるなら、
細かいレベルででもたくさんあるものです。

たとえばレストランに入ると、日本人が
スプーンをカチャカチャいわせてコーヒーをかき混ぜ、
コーヒーカップをガチャガチャいわせて飲んでいる。
ペルーでは、それは行儀の悪いことです。
ですからわたしにとっては気に障るイヤなことです。

そんな風に生活習慣や言葉の使い方なんかが、
ペルーと違っていて気になることはたくさんあった。
でも、ここは日本なのですから、日本の習慣がある。
とはいえ、正直な話、
ペルーとは違う生活習慣や言葉づかいなどが、
いちいち気になる時期もありました。
日本文化との摩擦を感じていた時期です。

しかし、わたしにはこの国、日本でやりたいことがあった。
だから自分を変えようと思いました。

細かいことに苛立ったり、気を病んだりするのではなく。
この社会に溶けこむために、
自分の方から近づいていくようにしました。
外から来たわたしが、日本の文化や習慣に近づきました。

わたしが日本でやりたかったことは、
音楽を通じての“人間としての心の触れ合い”と、
“ペルーの文明、文化の一部を伝える”こと。

音楽は心や感情で受けいれ、関心を持つもの。
音楽から始まったペルーへの関心は、
心の触れ合いから始まる関心だと思っています。

パーティー会場などで演奏をしていると、
来場者は音楽には気をとめないで
名刺交換をしていることもあるけれど、
こちらを向けとは言えない。
自然なカタチで、その人の中に
音楽を通じた文化への関心の生まれることが大切だから。
音楽は真剣に聴くものではなく、
一緒に拍手したり躍ったり、参加するもの。
そうして自然にいろんな人の心に、
自分たちの国ペルーの文化のすばらしさを伝えたい。

そして、自分たちの音楽を通じて
日本人がペルーに興味を持ち、旅に訪れれば、
ペルーの経済が活性化し、ペルーへの貢献もできる。

わたしには、日本で自分のやりたいことと、
その意味がはっきりしていた。
だからわたしは自分を変えて、日本に近づきました。

またわたし自身、
広い地球に残された古い歴史、文化を知りたいし、
伝えていきたいと思う。
ペルー、日本の歴史文化だけに限らずに。
いろんな文化のあることを知ることが、
いろんな異なる文化を受けいれることの一歩になるから。
いろんな異なる文化を受けいれることは、
心と頭の柔らかさになります。

音楽をしているわたし自身、それを失いたくない。

ただ、もう頭が固くなってしまい、
それでよしとしている大人は変わりようがない。
しかし、
やわらかい心をもつ子どもたちは変わることができる。
いろんな異文化や外国人も受けいれられる。

だから、小学校などでのボランティア演奏を行い、
機械にまみれて暮らす子どもたちの心に、
土の温もりのある楽器の音−心に響く心−を届けています。

そして、ただ音楽を聴かせるだけではなく、
楽器を触らせたり、給食を一緒に食べたり、話をしたり、
外国人と仲間の経験をさせています。
仲間になった経験の思い出から子どもたちの心が広がり、
外国人を特別視しない心が育っていくと考えるから。

ただ気をつけなければならないことは、
音楽を手段にしてしまわないこと。
それを自分自身、心しています。
音楽は心でなくてはならない。
だから、子どもたちが手紙をくれたら必ず手紙を返す。
自分のケーナが欲しいというのを聞いて、
作ってあげると約束したら、
その子のためのケーナを作って、必ず贈る。

大切なのは、その場だけの仲間体験ではなく、
ちゃんと関係を続けていくことです。
そうすれば外見や習慣の違いを超えて、
外国人を友だちだと思う心が育っていくでしょう。

音楽のほかに、
近所の子どもとサッカーチームを作って一緒に遊び、
外国人を仲間と思う心を育てることもしています。
外国人とチームの仲間になれば、
外国人を友人だと、自然と思えるようになるでしょう。

音楽とサッカーを通じて、わたしの家には、
しょっちゅう近所の子どもたちが出入りしています。
子どもたちにとって、
わたしは外国人ではなく近所のおじさんです。
すこし口やかましいおじさん。

子どもたちが遊びに来た時、
ちゃんと挨拶ができない子には、
挨拶ができるようになるまで何度でも教えるんです。
挨拶ができなければわたしの家には入れない。
何度も何度も繰りかえすうちに、
彼らもちゃんと人に接することができるようになります。
ちゃんと人と接する基本ができます。

それから、もう一つ。
わたしが日本で暮らしたのは、
東京、京都、大阪と都会ばかりだったのですが。
その経験の中の日本では、
よい友だちを兄弟のようにあつかう習慣がない。
心に響く心、土の温もりのあるペルーの楽器の音を
子どもたちに聴かせることで、
彼らの世代から友人のありかたが変わる。
そういう思いをもって、
音楽を通じた心の交流を続けています。

友人に国の違いはなく、人と人との繋がりです。
目で決めることではない。
その人が一人の人間として、
どんな人であるかということは、
目で見えるものからつかむのではなく、心で感じるもの。
外見を見て外国人だと思い、あつかうものではない。
心で友人になれる相手かどうかを感じるものです。

いままでわたしが接した日本人には
外国人に対する警戒心があって、
外国人を信頼するまでに時間がかかる。
それを越えて信頼したあとは心をひらいてくれる。
信頼できるかどうか、
白黒がはっきりするまでは心をひらかない。
日本人はそういう民族性のようですね。

外国人を仲間と思う経験をした子どもたちが、
その相手を信頼できるかどうかの判断をするとき、
外国人の外見や習慣などの違いにとらわれない心を
持ってくれればいいと思います。

友人になれる信頼できる相手かどうか。
それは外国人、日本人かには関係のないことですから。

ペルーの音楽を通じて、
子どもたちにそういうことを伝えていく。
それが、わたしは日本に来てずっと続けていることです。

 

ペルー・40代前半・男性

 
 
     

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