Person 14
日本の会社員になって、
ストレスで体をこわした時期がある。
でも、病気になって、日本に負けて帰りたくなかった。
いまもその戦いは続いている。
両親が日本とビジネスの取引をしていて、
通訳を介してではなく、
僕が自分の言葉でファミリービジネスを
支えられたらいいと思って
日本語を勉強しに留学してきました。
それが気づくと日本の会社に就職して、
いまでもう日本の社会人になって八年です。
日本に来て最初の二年くらいは、
両親の取引先の知り合いの家にホームステイしてました。
突然はじまった日本の家庭での暮らしは、
食べ物、言葉、文化、習慣、すべて慣れるのに大変でした。
とくに言葉が、大変だった。
でも日本人の家で暮らしたから、
はやく日本語を覚えられたっていうのがあります。
二年間の学生生活が終わって日本の会社に就職し、
社会人になったのを機に、
ホームステイ先を出て独り暮らしを始めました。
ホストファミリーには、
親切にお世話をしてもらって感謝してます。
けど、23歳になっていた僕は、
親が小さな子どもにするように干渉されるのが、
正直、息苦しかった。
だから独り暮らしは自由で、寂しくはなかった。
僕の小さなアパートには、
いつもアフリカン、ヨーロピアン、アジアンと、
10人くらいの外国人が泊まりにきていたし。
外国人ばかり集まって、楽しかった。
文化の違う国で暮らしているものどうし集まって、
ワーッとやって楽しかったです。
僕の部屋の中は、僕たち外国人が、
日本の社会に合わせなくてもいい場所だったから。
仕事をする前は日本の社会を甘く見ていましたね。
仕事をするようになっても、
六か月くらいは外国人ということで甘えていた。
周囲も甘えさせてくれていた。
でもちょっとずつ、僕の思っていた日本の社会と、
ほんとうの社会との違いが見えてきた。
最初は失敗も許されるけど、
半年も過ぎて一年にもなると、
外国人だからといって失敗は許されなくなった。
日本人と同じ量の仕事をできなければいけない。
これには悩んで苦しい時期があった。
日本人、働きすぎとは聞いていたけど、
ほんとに日本人の労働量はすごい。
最初のころは与えられた仕事だけをこなしていたけど、
他の日本人と同じように、
自分で仕事を探すようになって苦しくなった。
日本の会社は、九時に始まって五時に終わるでしょ。
でもある人は五時に仕事をやり始めて深夜に終わる。
仕事が終わる時間になってもダラダラして帰らない。
明日やってもいいことを始める。
周りの日本人がそうしているから、
最初は帰りづらくて苦しかった。
いまはもう、僕は一人でも、
するだけの仕事をして、五時になったら帰るけど。
それに上司の人が下の人間に、
自分がいかにがんばってるかを見せたがるのがイヤだった。
ほんとにがんばってるのか、
ポーズやカッコつけかは見てれば分かる。
たとえば昼休み、
僕だってほんとにすることがあれば食事もぬく。
けど、毎日お昼を抜いてみせる人がいた。
なんでそこまでやるの?
毎日、四時、五時に食べてなくても、
十二時にちゃんと食べても一緒じゃないかと思う。
体がもう慣れてるからって、毎日そんなことしてる。
僕は自分のペースでやりたかった。
でも僕もこうしないといけないのかと、
お昼一つも、いちいち考えて気を使っていた。
それから、
仕事終わると、日本の男の人、毎日飲みに行くでしょ。
僕はそれをしたくなかった。
飲みに行かないから、仲間になれない。
行きたくないけど、行かなあかんのかと悩んで。
仕事の延長みたいな感じでダラダラ飲むより、
家に帰って外国人仲間とワーッとする方が楽しいからね。
仕事の時間もアフターファイブも、
日本人と同じように合わせないといけないか、
いろんなこと、いちいち悩んで。
一年くらい、しんどくて、
やめたい、やめたいと、日本がイヤだった。
そんな毎日だったから、
仕事をするようになって、半年、10か月くらいの間に、
20キログラム近く体重が減って、ガリガリになった。
病院に行っても悪いところはない。
仕事のことを考えるし、体のことを考えるし。
大きな病院で診てもらったら、
ストレスで甲状腺が悪かった。
一か月くらいはゆっくり休むことと言われて。
日本の会社での仕事を辞めるか?とも考えたけど、
病気になって国には帰りたくないと思った。
良かったことに、病院の先生が分かってくれる人で、
そういう気もちを話したら、入院証明書をくれて、
一か月半くらい休暇をとって入院ということにした。
ほんとは、ほとんど家にいたんだけど、
ずっと入院ということにしないと休暇とれなかったから、
先生がそうしてくれた。
そこで始めてゆっくりできて、
どうやって日本の社会でやっていくかを考えた。
その時、先生から
「このままいったら、頭おかしくなるよ。
考えすぎず、自分のペースで」と言われて。
会社側とよく話し合って、
それから自分のペースで働くようになった。
そんな時期もあった仕事も、もう五年を過ぎた。
環境は変わってないけど、
周りのことは気にせずマイペースでやってる。
マイペースで仕事をして余裕のできた時間、
いろんな交流団体でボランティア活動をしていて、
その一つに、留学生のカウンセラーがある。
いま話したような自分の悩みの経験を生かして、
アジア系留学生を中心にカウンセリングしている。
在日外国人の本当の気もちを話すインタビューだから、
留学生の実情を表す例として、一つ、
南アジアからの留学生の体験を話します。
彼は自分の国で国立大学の教授をしていて、
日本の公立大学に国費留学してきた。
留学最初の六か月間は、
日本の文化、習慣、
言葉のオリエンテーションがあるべきなのに、
彼のついた担当教授は、それを受けさせなかった。
日本に来てすぐの彼に、いきなり研究を始めさせた。
彼は一人の友だちもいなくて、
研究室でも一人、部屋に帰っても一人で
壁を見ている生活が続いて。
三〜四か月経って精神的にやばくなっていた時、
留学生の集まる会で
知り合いを通じて僕と会った。
気にかかったので、その後彼の様子を聞いてみると、
自殺しかねないくらい悪化していて、
担当教授が国に帰したがっているという。
直接会いに部屋を訪ねていったら、
彼は自分の状況が分からなくなっていた。
自分でものを食べられない、服を着られないくらい。
病院に連れて行って、そのまま精神科に入院だった。
彼はおとなしい人で、周りの日本人に何も言えなかった。
聞きたいことがあっても、聞けなかった。
周りの日本人はみんな忙しそうに働いているし。
日本での生活や大学でのことなんか、
分からないことがあっても、
誰にも聞けず、一人で苦しんでいた。
担当教授なんかは、
彼は国費留学までしてくるんだから、
これくらいのレベル、一人でできて当然だろうという考え。
文化も習慣も言葉も違うところで、
一人ぼっちだったということなんか気にしていない。
ともかく、おかしくなった彼を帰したいだけ。
彼がこうなった理由、原因については話し合いたがらない。
僕は、彼を帰したがる日本側と闘いました。
国では国立大学教授の彼が、
留学先で頭がおかしくなって帰ったら、
彼の人生はそこで終わると言って反論した。
彼は国ではエリートです。
その彼が、
日本に来て頭がおかしくなって帰ってきたとなったら、
もうおしまいです。
彼だけではありませんよ、こういう人。
あなたを病院に連れて行って、
こんな風に精神的におかしくなった留学生に
いつでも会わせてあげられる。
一度、見てみるといい。
裁判があっても外国人は負ける、日本では。
そういう現実もあるんです。
ここは日本だから、留学生は遠慮している部分もある。
たとえば、外国人留学生の弁論大会、あるでしょ。
あれでもほんとうのところは話せない。
いい面しか話せない、悪い面は話せない。
日本人によるオーディションがあるから、
嫌がられるようなことは言わない。
僕は、嘘のデモテープを送って、本番で違うことを話した。
外国人の辛さを話した。
せっかく発言できる場所だったから。
その話は、外国人にだけ喜ばれた。
主催者側からは、
嘘をついていたから法を適用しますよとまで言われた。
僕は、ほんとうの気もちを言いたかったと、言った。
訴えられることはなかったけど、
僕はもう二度と、弁論大会には出られない。
だいたい日本人は、日本の批判をすると、
日本が嫌いなら帰れ、と言う。
日本の悪い面を話すと帰れと言う。
日本が嫌いなら帰れと言う前に、
僕の間違いを教えてくれればいい。
もし間違いを教えられないのなら、
僕の言ってることは、ほんとうのこと。
僕は日本人に嫌がられても、ほんとうのことを言うし、
帰れと言われても、帰りません。
病気になったり、帰れと言われたり、
そんなことで負けて帰りたくない。
だからまだ闘って、日本の社会で暮らします。
スリランカ・30代前半・男性
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