Person 8(前半)
雑談をするだけで、一緒に何かはしない。
行動をとおして姿を見せ合うことがないから、
ほんとうに分かりあえる友だちになれない。
日本人とのつきあい、あります。
国際交流の活動をしている人たち。
外国人、タイ人に興味を持って
積極的に働きかけてくるから、ぼくも積極的に返す。
いっしょに行動する友だち、います。
でも大学の日本人の子には、そういう相手はいません。
彼らとどう接していいかわからないし。
ぼくの方から、
積極的に友だちになろうという気もちにもなれないし。
大学で会う日本の若い子を見てると、
みんな知識がすごい。
たとえば食べ物のことだったら、
プロのコックが使うような
専門的なコトバを知っていたり。
グルメとかファッションとか、
びっくりするくらいいろんなコトを知っている。
でも、ぼくに言わせると
モノみたいな知識はあるけど、心は発展していない。
だって、心を育てない知識はモノといっしょだから。
生意気に聞こえるかもしれないけど、
ぼく、日本について、ぼくなりの意見もっています。
ぼくの国タイは仏教国。
日本もタイとおなじ仏教国だというけれど、違う。
タイでは小学校で仏教について教えを受ける。
だからみんな、仏教の教えを知ってる。
タイ人に悪い心がないとは言わないけれど、
目上の人を敬うとかの教えを守ろうとしている。
でも、大学で会う日本の若い子たちは、そうじゃない。
学生が先生に挨拶しない、頭を下げない。
先生とすれ違うときに、知らん顔している。
ぼくは、日本にまだ三年しかいないけど、
タイと日本では文化が違うのはわかるけど。
でも、彼らが最低限のマナーを
守っていないことはわかる。
自分の先生に頭を下げて挨拶しないなんて、
どうかしてる。
だから日本はモノだけが発展してて
人の心が育っていないんだと思う。
ぼく、こんな風に説教みたいな話をするから、
オヤジくさいって言われる。
大学で会う日本の若い子たちと、話が合わない。
彼らが何を考えているのかも分からないし。
グルメやファッションや、
モノみたいな知識の話を口でしているだけで、
何か行動をしようということがないから。
いくらたくさん話をしても、
相手のことが、ほんとうには分からない。
だから、いつまでたっても友だちにはなれない。
友だちって、いっしょに何かしてなるもの。
言葉とか話すだけじゃない。
いっしょに行動して、はじめて相手が分かる。
この人は思いやりがある人だとか、
ワガママな人だとか。
たとえばワガママな人は、
人に何かをさせるだけで、自分は何もしない。
するとぼくは、
わたしはあなたと友だちになれないと言う。
そんな風に、行動を通じて相手のことを理解して
友だちになっていくんだと、ぼくは考える。
だから大学の日本の子たちみたいに、
口で話すだけの相手とは、
ほんとうの友だちにはなれない。
ぼくから見れば、
いつもずっと喋っている日本の子たちどうしも、
ほんとうの友だちにはなっていないと思う。
モノみたいな話はしていても、
心のことを話し合ってはいないから。
いつもいっしょにいる友だちに、
ちょっとした悩みごとの相談をしているのも
見たことない。
ぼくの国では、友だちは親と同じくらいの意味。
深い。
日本の子たちは親友というコトバを
親しい友だちくらいの意味で使っている。
タイでは違う。
親友はいっしょに死ねるくらいの友だち。
親友の意味が、もう違う。
だから、ぼくと日本の子たちとは、
友だちに求めているものが違うのかもしれない。
さっき、大学で会う日本の子たちとは、
自分の方から積極的に友だちになろうと思わないと
言ったでしょ。
それは、彼らに陰がある気がするから。
ある出来事があって、そう思うようになりました。
前に授業を欠席したとき、
ノートを借りたくて、貸してもらう約束をしたんです。
でもその約束の日に行けなくなって、
電話して、三日後に借りることにした。
そしたら、その三日後にノートを借りたとき、
道を歩きながら彼が、ぼくに言うでもなく、
「やる気があるのか」とボソッといったんです。
ぼく、自分の耳を疑ったけど、
あれは空耳とかじゃなくて、彼が言った。
授業を休んだり、
最初の約束の日に行かなかったのは、
ぼくが悪かったかもしれない。
でも、そこにぼくがいるのに、
ぼくに向かって言わずに、
陰口みたいにボソッというなんて。
ぼく、これって友だちかって思った。
友だちだったら、ぼくに直接言えばいいのに。
陰がある気がして、日本人、怖いなと思った。
いくら話していても、友だちだと感じられない。
だから、もう自分の方から
友だちのつきあいを働きかけるのは、やめようと思って。
ぼくに興味をもって、
積極的に働きかけてくる人たちにだけ、
積極的に友だちの付きあいを返すことにした。
後半に続く
タイ・20代前半・男性
|