Person 7
些細なことは気にならないんだ。
日本が好きっていうのが、日本の暮らしの根本だから。
ただ、 外国イコールアメリカって感覚は不思議。
いろんな国の個性があるのになあ。
オーストラリアで日本人のガールフレンドができて、
日本語の勉強もしたかったから、
彼女といっしょに日本に来たんだ。
ぼく、日本が好きなんだ。
日本で暮らしていて、そんなに問題を感じることはないよ。
日本に来て、もうすぐ一年半かな。
さみしいと思ったことはないな。
親しい日本人の友だちも、四人いるし。
二人は英語を話すから、
人生やガールフレンド、社会のことなんか、
けっこう深く話すよ。
あとの二人とは、
ちょっとの日本語と、ちょっとの英語で話をする。
日本語の勉強しに来たはずなんだけど、
英語の先生と、
外国人が出入りするバーのバーテンダーをしているから、
ちっとも日本語が覚えられないんだ。
これは、問題だよ。
ビザが切れたら、いったんオーストラリアに帰るけど、
また戻ってくるんだ。
こんどこそ日本語を覚えないとね。
でも、その仲の良い二人の日本人とは、
言葉によるコミュニケーションはできなくても、
通じあっているよ。
ハートとハートでわかりあえるし、
いっしょに楽しい時間を過ごせるんだ。
ごく自然に、相手のことを知ろうとすれば、
友だちになれる。
日本人だからって、特別なことは感じないよ。
それに日本人は、みんな、ぼくには親切にしてくれるんだ。
職場は外国人を雇おうとしているところだから、
外国人に心を開いているし、言葉の問題もないし。
ほかで会う人たちも、
ぼくが日本語を話せないのを わかってくれて親切だよ。
うーん、いやな思いをしたことが、
まったくないとは言えないけどね。
ガールフレンドと二人で電車に乗っていたら、
酔っぱらいのおじさんが、彼女に、
戦後の米兵相手の娼婦を呼ぶコトバを浴びせてきたんだ。
パ…なんとかって。
で、ガイジンなんかと付きあっていることを知ったら、
親が嘆くぞって説教しだして。
これは外国人に対する偏見だと思うけど、
こんなことはオーストラリアででも起こることだし、
日本で暮らしているから起こった問題じゃないよね。
大したことじゃないよ。
だって、こういう偏見は僕の問題じゃなくて、
偏見を持っている彼の問題だからね。
僕にとっては、一瞬の些細なことだよ。
電車で居眠りしていて隣の女性にぶつかってしまった時、
スミマセンって、日本語で謝ったんだけど、
彼女、駅に着いてホームに降りてから
僕に向かって、大声でわめいていた。
気分は良くなかったけど、
これもオーストラリアででも起こることだから、
日本での問題でもないし、些細なことだよ。
人間関係については、
オーストラリアと違っていて当たり前だからね。
ここは日本だからね、日本のカタチがあるよ。
ぼくの意見だけれど…
日本は儒教の思想が流れているから、
上下関係でモノを言う社会なんだろうね。
上・下の立場でモノを言う。
ぼくの働いているバーでも、
客の立場に立つと上から尊大にモノを言う人がいる。
すべての人ではないけどね。
ある程度は受けいれるけど、
あんまりひどい客には言い返すこともある。
相手の反応はいろいろ。
失礼なってムッとする客もいるし、
ごめんなさいって笑う客もいる。
人それぞれだよ。
コミュニケーションのカタチもオーストラリアとは違う。
日本人はストレートにモノを言わないでしょ。
ぐるぐる回りながら核心に触れていく。
だから何が言いたいんだろうって、
ぐるぐる回る話を、考えながら聞くんだ。
郷にいれば郷に従えだからね。
行動にも気をつけているよ。
裸足で街を歩かない。
オーストラリアではビーチ近くに住んでいたから、
いつも裸足だったんだ。
それから、人前でガールフレンドにキスしない。
素直なエモーショナルをおさえるって、
ぼくには、けっこう辛いことなんだ。
自分にとって心地良い、
自然な行為をしないようにするんだからね。
でも、ぼくの日本での暮らしの根本は、
日本が好きっていう気もちだから、問題ないよ。
さっきも言ったけど、問題は一つ、
日本語が思うように上達しないってことだよ。
日本人はたいてい、ぼくと英語で話したがるんだ。
働いているバーでも、
客の英語の練習台にされることが多いよ。
僕の日本語のほうがマシって場合でも、
彼らはけっして日本語を使わない。
ぼくに話しかけてくるのは、英語の練習のためだけ。
ぼくとコミュニケーションが図りたいんじゃないんだ。
あれは、フラストレーションのもとだよ。
ぼくみたいな外国人、けっこういるみたいだよ。
日本語の勉強するために日本にいるのに、
英語の練習台にされてばかりで、
日本語を話す機会を与えられない外国人は、
フラストレーションをためているんだ。
でも不思議だよね。
みんな、ぼくに英語で話しかけてくるけど、
どうして、ぼくが英語を話すって知ってるんだろう。
フランス語かしれないし、スペイン語かもしれないのに。
英語を話さない外国人だっているよ。
不思議って言えば、
外国人を見たらみんなアメリカ人だと思っているのも
不思議だなあ。
そのうえ、ぼくがオーストラリア人だとわかってからでも、
オーストラリアじゃなく、
アメリカをイメージしながらぼくと接している。
アメリカとオーストラリアは違うのに…。
文化や音楽なんか、アメリカに偏りすぎていて、
世界中のどの国もアメリカだって思ってるみたいだ。
いろんな国の人それぞれに、
それぞれのアイデンティティがあるのにね。
オーストラリア・20代前半・男性
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