Person 1
祖国と呼べる国がない。
そんな自分は何者か、考え続けた結果いきついたのは、
マイノリティであるというアイデンティティ。
俺は俺であればいい。
在日二世として生まれ育って、
大学まではずっと日本名を名のってました。
よく本名を名のって生きる道もあるとかいうけど、
そんなことをしても、いいことは何一つない。
少なくとも俺が子どもの頃、若い頃はそうやった。
それが分かってたから、
できたら、在日やって知られたないのが本音やった。
若い頃はずっと、日本国籍になりたいて思てました。
俺は在日やから貧しいんや、て。
高度経済成長期の中で、
こんな貧しさがあるのんか、いうくらい
在日の暮らしは貧しかった。
周りの、同世代の、のほほんとした日本人に、
反感もって、反日に似た感情もちながら、
日本国籍になりたいと思てました。
けど、社会の事がいろいろ分かってくると、
たとえ日本国籍を取れたとしても、
それは中身のないペテンやて、見えてきたんですね。
しょっちゅう審査や調査をされて。
選挙権を与えられるだけで、
結局、日本人には、なれんのです。
そう考えるようになってから、こんどは三〜四年、
それまで名のっていた日本人姓を全く否定して、
自分の中の韓国を取り戻そうとしたんです。
あの時期は、
それまで韓国籍を隠してた反動で、
不自然なまでに韓国人であろうとしてました。
韓国人なんやから、毎日キムチ食べて、
日本食は食べんようにして、とかね。
でもね、それも突っぱってるから、
我ながら、やっぱりおかしいな、て。
また振り子みたいに、
反対の思いにとらわれたりするんです。
自分で自分の、気もちに振りまわされてました。
そんな中、そんな風に日本と韓国の間で、
自分はナニジンなんやっていう悶々とした思いを、
音楽にぶつけるようになりました。
自分のアイデンティティを見つけられへんで、
振り子みたいに揺れる気もちをね。
で、その音楽を通じての出会いの中で、
人権活動に入っていったんです。
アイヌやオキナワの友だちができて、
いろんな話を聞く機会を得たんですね。
そしたら、今まで自分が、
小さな世界の中の自分のことしか考えてなかった
いうのが見えてきたんです。
あら、マイノリティっていうのは、
自分ら在日だけやない、いっぱいおるんやなって。
自分ら以外はみんな一つの日本やと思てたけど、
その中には、いっぱいマイノリティがおる。
それが分かってきたんです。
そしたら何かおもしろさを感じはじめてきてね。
今まで、自分のアイデンティティは何や、
俺はナニジンやって、
自分の中で、さんざん悩んできたし、
人とも議論を続けてきたけど、
そんなん、区別しなくていいんやないか。
日本人であるとか、韓国人であるとかの前に、
ただ、俺は俺、それでええんちゃうかって、
考えられるようになったんですわ。
別にナニジンかにこだわらんでも、俺は俺。
そう腹をくくった人間に対しては、
誰も、どうこう言って、踏み込めないんです。
この人はこういう人、と、
そのまんまの俺を認めるしかない。
そうなると強いですよ。
サイレント・マジョリティ(沈黙せる多数派)
と言う言葉があるけど、
俺たちマイノリティにとったら、日本人が、
そのサイレント・マジョリティなんですよ。
ことあるごとに、
あんたら日本人、日本人っていうけれど、
じゃあ、その日本人のアイデンティティって何だ?
って問われたら、答えに困るでしょ。
勤勉で忍耐強いとか言うけど、
そんなん明治以降に作られた虚構やからね。
マジョリティであることに安心している日本人には、
実は、自分はこうだっていう、
明確なアイデンティティがないんですよ。
その点、俺らマイノリティははっきりしてる。
まず、日本人とは違うっていうのが、
もうアイデンティティやからね。
極端に言えば、
マジョリティの日本人が言うことに、
俺らは違う、ノーや、反対や、言えば、
もう、それでもアイデンティティになる。
俺は俺、
それだけで、アイデンティティになるっていうの、
マイノリティの強さです。
三年前に、初めて韓国の地を踏んできましたけど。
外国でもない、でも、祖国でもない、
ああ、異文化やなあ、って感じました。
まあ、自分が子どもの頃からこだわっていた
ルーツですからね、ある種の感慨はありましたけど。
俺は、日本人でもないし、韓国人でもない。
俺は俺や、言いながら、
この俺を、好きや、嫌いや言う人間と、やっていきます。
韓国・在日二世・40代前半・男性
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